ユンタク会
2013年11月23日 Category: ユンタク会 Comment : 0
今回のユンタク会は、南城市知念の字知念について。沖縄ある記で製作中の地域mapを広げ、翌日(23日)開催予定の「リアルある記」のシミュレーションも兼ねて進行しました。
今回、初参戦の玉那覇善秀さんは、FMレキオを介して知りあった先輩。「世遊楽人」を名乗る博学多才の方で、お住まいの首里・那覇をはじめとする各地のエピソードを面白く聞かせてくださいました。
今後もいろいろな話が期待できそうです。


(三嶋)
ウチナーセーク親泊次郎さん
2013年11月22日 Category: Myある記 Comment : 1
沖縄の大工・棟梁として知られる、親泊次郎さんのお宅を訪問しました。
数年前には南風原の工房を訪ね、金武の観音寺の図面や大工道具などをお借りしたことがあり、70代後半という年齢をものともせず、緻密な計算をする集中力と作図の見事さに驚いた覚えがあります。
床に広げた大きな紙やベニヤ板に引かれた線が、尋常ではないクオリティを持つことは素人の自分にもはっきりと分かりましたし、そこに、少年期から現場でたたき込まれた経験と、独学で身に付けた専門知識が詰め込まれていることも、十分に推察することができました。

久しぶりにお会いした親泊次郎さんは、柔和なお顔がいっそう柔らかくなったようでした。
いろいろなお話を聞かせてもらいましたが、詳細はまたの機会に譲ります。もう少しこちらが勉強しなければ、うまく書けないと思うからです。

ベニヤ板に描かれた図面(板図)。寺社仏閣の屋根の反り(曲線)も、曲尺1本で割り出せるとのこと。サイン・コサインを使いこなす大工の技術と、今もフル回転する次郎さんの頭脳に驚くばかり。

那覇の町中に建つ、木造3階建ての次郎さんの自宅。京都から取り寄せたスギを使い、さまざまな技巧が駆使されていますが、若い人にその技を伝承したいと壁や天井の一部は取り外され、内部を見ることができるようになっています。写真はその3階部分で、寸分の狂いもなくさまざまな木が組み合わされていることが分かります。
木材の切り込みは地上に横たわった状態で入れられるため、大工には組み上がった姿を頭に描く能力が求められます。また、現場の状況や木材の状態に合わせて調整する能力も、棟梁には求められるとのこと。
培った技や知識を次世代に引き継ぎたいという、次郎さんの願いが実現することを願わずにはいられません。
(三嶋)
【ご案内】知念ある記のお知らせ
2013年11月19日 Category: 案内 Comment : 0

いつも告知が遅れたり、ほとんどしなかったりの「沖縄ある記」ですが、今回は半島芸術祭で盛り上っている南城市の知念で、村歩きを実施するのでお知らせします。
日時:11月23日(土曜日)12時〜2時ごろまで
集合場所:知念コミュニティセンター(公民館)
参加費:無料
懐かしい沖縄の雰囲気が今も随所に残る知念の村を、みんなでユンタクしながら歩きましょう。
※終了後、まだ余裕があれば、屋取集落「スクガー(底川)」もご案内します。
問合せは電話090-5477-7380・メール info@okiaruki.comもしくはmishima@bughouse.jpまでお願いします。
字知念の追加取材
2013年11月15日 Category: 沖縄ある記 Comment : 0
現在、字知念(南城市)の地域マップ作りを進めていますが、追加確認のために現地を訪ね、地元の方(前城さん)に案内してもらいました。
地域マップには、できるだけ地元で集めた情報を反映させていますが、ともすれば教科書的な知識を並べたものになり勝ちですので、自戒の念を込めて前城さんの話に耳を傾けました(人によって話が食い違い、何だかよく分からなくなることが多いのも事実なんですが…)。

知念城跡駐車場近くの道路沿いにあるウェーンガマ。道路から2mほど上に見えますが、以前は道路と同じ高さにあって、坂を上り下りする人が、この岩陰で涼をとったり雨宿りに利用したりしたとのことです。知念の集落の多くは、東側の海岸近くにあるため、ヤギのエサなどを苅るために、村の人はこの坂道を日に何度も往復したといいます。

字知念を横切る国道331から見た海岸部の風景。写真右側の、高くなっている部分から隣りの字・具志堅です。撮影地点の背後にはヒージャーガーラという場所があり、知念大川から流れた水が小さな滝をつくっていたようです。地名は、ツブしたヤギ(ヒージャー)を洗っていたことにちなむようですが、現在は覆われた草の間から、コンクリートの排水溝がわずかに見えるだけになっています。
写真に見える農地は、かつてはヒージャーガーラ一の水を利用した水田でした。写真より左側に位置する高台・ウカマシキ(集落の南端)では、昭和40年代ごろまで毛アシビーを行っていたとか。当時の小道具はギターで、男女の出会いの場を盛り上げたようです(弾き手はBGM担当で、損な役回りだったとか)。
(三嶋)
