小谷地区の慰労会
2013年12月6日 Category: 沖縄ある記 Comment : 0
南城市佐敷小谷で行った「小谷マーイ(まわり)」と関連イベントが無事に終了し、事業の慰労会が催されました。
わが「沖縄ある記」も今回、地域の人たちと一緒になってマップ作成などを行いましたが、貴重な勉強の機会になったと思います。小谷の方々に深く感謝したいですね。
今回のマップでは、かつて有名だったバーキ(竹カゴ)作りを中心にして小谷を紹介していますが、それは、この地で盛んだった竹細工を取り上げることで、当時の暮らしや思い、さまざまな物語を思い出して欲しいと願ったからに他なりません。
地域の生活の糧であった産業が衰退して久しいのですが、当時のことを家族や隣近所で語り合うことをきっかけにして人生をふり返り、まんざらでもなかったと思えれば幸せではないでしょうか。
また、時代を共有した地域全体がホットコリとした気持ちに包まれれば、誰しも気持ちが上向くような気がします。
暗い予感しか浮かばない昨今ですが、かつての輝きをなぞらえることが単なるノスタルジーではなく、自信や情熱を取り戻す起点になるのなら、地域マップもその一助として機能するような気がします。

(三嶋)
「大山ターンムfanクラブ」の散策に参加しました
2013年12月2日 Category: Myある記 Comment : 0
ひょんなきっかけで、「大山田芋(ターンム)fanクラブ」という、宜野湾市大山のターンムをこよなく愛する人たちと一緒に、現地を散策してきました。この場所はバードウォッチングに凝っていた10年ほど前、しばしば訪れた所ですが、周囲に建物が多くなったこともあって何となく足が遠のいていました。
しかし、今回はfanクラブの仲村さんの呼びかけで、宜野湾市文化課の呉屋課長と生産者の伊佐さんという強力なガイド付きでしたので、楽しみながら学ぶ散策ができたと思います。
お二人から聞く地元に伝えられている話や当事者ならではの体験談は、面白いだけでなく、地域への愛情があふれていて気持ちが和むものでした。当事者の話を現場で聞くことの醍醐味と重要性をあらためて感じますね。

かつては海岸線だった場所。写真右側部分が1974(昭和49)年から埋め立てられた部分。両者の間は現在、コンクリートで三面が固められた溝(川)となっています。川沿いに続く護岸は、現在のような立派な道ではないものの戦前からあったようです。

護岸に残る戦前の石積みと、戦後になって積まれたコンクリート・ブロックの境が分かる部分。

ブルーのシートの向こう、木が生い茂っている付近にあるヒージャーガーから流れる水を利用して、階段状に開かれたターンムの畑(水田)。
水のない溝(水路)が近くで確認できましたが、それは大雨の際、上部にある土を低い土地に運ぶための工夫だったとのこと。代々にわたって土を守り、土地(水田)を守ってきた人々の知恵と努力の跡ということです。
何気なく見ていた畑ですが、上部から下流に流れる水を巧みに利用しながら、棚田として長年にわたって整備されてきたことに驚かされました。

周辺の宅地化にともなって耕作地は年ごとに狭まっているようですが、畦道沿いの水路は清らかで、カニやメダカ(?)、昆虫や野鳥などもチラホラ。今でもまだこれだけの環境が残されているのは、ある意味「豊か」なのかも知れませんが、見渡せばすでに引き返せないラインを越えているのではないかと素人的には思えます。
だからといって自然を残せ、農業を守れと無責任に言うこともできませんが、こういった問題を、これまでのように経済性優先の価値観で捉えていては、やがて究極の選択を迫られないとも限らないでしょう。
そうならないためにも、生産者だけでなく、この地が置かれている状況を地域の問題として捉え、経済とは別のカテゴリーの中に新たな価値を見出すオルタナティブな実践が必要ではないかと考えます(言うのは簡単ですけどね)。
fanクラブの仲村さんから当日いただいた地図に、情報を付け加えた改良地図を作りましたので、参考にしていただければ幸いです。
※地図は厳密なものではありません(修正点をご指摘いただければ助かります)

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(三嶋)
【ご案内】宜野湾市大山「田芋畑散策会」
2013年11月29日 Category: 案内 Comment : 0
日時:12月1日(日)10:00~12:00
集合場所:大山田芋畑の道沿いにある沖縄三菱電機販売(株)専用駐車場(道向かい「プロト」目印)
問い合せ:090-1867-8965(仲村)
案内人に、宜野湾市文化課の呉屋課長と田芋生産者の伊佐氏をお招きして、田芋畑とその周辺の文化財廻りをします。めったにない機会なので、ぜひぜひご参加ください!
小谷マーイと竹のプロジェクト
2013年11月25日 Category: 沖縄ある記 Comment : 0
南城市を舞台にした第4回半島芸術祭もこの日で最終日。
集落散策と展示、竹細工のワークショップをメインにした「小谷(おこく)マーイ」も、盛況のうちに幕を閉じました。
わが「沖縄ある記」の製作した小谷mapも何とか初日に間に合い、住民をはじめ参加者に配布されていました。
小谷マーイの実施日は16・17日と23・24日の4日間でしたが、地域の先輩方がガイドする散策のほか、かつて盛んだった竹細工の実演などもあって、見学者はもちろん地元の方々も小谷の魅力を再認識したように思います。
やはり行き交う人の姿が増えると、地域全体に活気が戻って来るようです。

拡大した小谷の地域mapを前に。左端が沖縄ある記代表・國吉宏昭。体調もいいようで、地元の方とのユンタクを楽しめたようです。

公民館で実施された地域の写真展と、バーキ類を集めた展示会。オープンしてから写真やバーキの提供が増えた、と聞いて笑いました。話だけでは伝わらないですよね。やって見せないことには。
ここに集まったモノや物語こそ、家庭や地域に眠る「文化資産」。継続して活用できる方法を考えたいと思います。

各家庭に眠る写真を持ち寄れば、立派な写真展ができます。それを地域のアルバムとして共有すれば、立派な地域アーカイブとなるでしょう。
また、その役割を公民館が担うならば、地域の記憶を預かる情報センターとして機能する、新しい公民館の姿を描けるかもしれません。

木陰に設けられた竹のワークショップ会場。久しぶりの方も含めて、腕に覚えのある小谷の先輩方が、いろいろな竹製品を作っていました。写真は、アツイラナという竹細工用のカマで金属片の尻をたたき、ミーゾーキの網目を詰めているところ。

底の部分を上にして、バーキ(カゴ)を編むお父さん。
早い人では7歳ぐらいからバーキを作り、大人では1日に7、8個も作っていたとのこと。家族総出のバーキ作りは貴重な現金収入で、個数がたまると那覇や糸満まで売りに行ったそうです(徒歩で!)。ある人は、中学生のころ糸満まで売りに行っていたそうで、帰りにソバを食べるのが最高の楽しみだったと語っていました。
(三嶋)
知念ある記
2013年11月24日 Category: 沖縄ある記 Comment : 0
「知念ある記」報告。
予想に反して参加者が少なく、「イイ天気なのにみんなヤーグマイ(家籠り)かい」と少々八つ当たり気味でしたが、ネットで知って参加された方もいて嬉しくなったので、やっぱり地域散策は面白いなあと最後は自画自賛(課題も多いのですが、とりあえず嫌なことは見ないことにして)

まずは知念集落内の歩き。有名な知念グスクはあえて避け、村の中の暮らしや歴史の痕跡を訪ねました。何気ない風景や日常が面白いのです。

字知念の集落歩き終了後、山の反対側に移動してスクガー(底川)を散策。戦後まで存続したものの、今は森の中に痕跡を留めるのみの屋取(ヤードィ)集落跡です。写真の場所から奥の方(東)に、石積みに囲まれた屋敷跡を確認することができます。

木漏れ日の中に横たわる石積み。生い茂る植物の生命力に白旗を揚げ、底川を守る会(城間光雄代表)の皆さんの草刈りも、ここ数年はままならなかったようですが、半島芸術祭を機に再び闘志に火がつき、樹木と格闘の末なんとか散策コースを再整備するまでになったとか(ご苦労様です)。
新聞に取り上げられたこともあって、この日も見学者が多かったようです。

屋敷跡に転がる陶磁器の破片。ヒンプンやゥワーフール、井戸の跡などとともに、森の中にナマナマしく残る生活跡です。
(三嶋)
