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【ご案内】世界遺産座喜味城跡ライトアップ

 Category: 案内  Comment : 0



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世界遺産座喜味城跡ライトアップ
いにしえへ誘う幻想的光景

日時:2013年12月20日(金)→2014年3月13日(木)
ライトアップ時間:18:00〜21:00
入場無料

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玉那覇善秀さんの語る国際通り物語

 Category: ユンタク会  Comment : 0


 第12回ユンタク会は、国際通り商店街とともに過ごしてきたともいえそうな玉那覇善秀さんにお越しいただき、戦後の国際通りにまつわる、あんな話こんな話を聞くことができました。
 神里原生まれの國吉さんもナーファンチュ(那覇人)ですので、懐かしい店や町並みを思い出しながら、大盛り上がり。ついでにアブナイ話やココダケの話もありましたが、アメリカ世に青年期をおくった世代の空気感のようなものが、少しだけ分かったような気がします(ボクはまだ若いし、経験してないし)。
 それにしても、国際通りだけでもいくらでも話が湧き出てくるので、切りがありません。とりあえず今回をpart1と位置づけ、機会を見てpart2〜と続けたいところです。
 やはり、都市には膨大な情報が埋もれていると実感したユンタク会でした。
(三嶋)

玉那覇善秀さん

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ユンタク会ビデオ国際通り今昔

 Category: ユンタク会  Comment : 0


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小谷地区の慰労会

 Category: 沖縄ある記  Comment : 0


 南城市佐敷小谷で行った「小谷マーイ(まわり)」と関連イベントが無事に終了し、事業の慰労会が催されました。
 わが「沖縄ある記」も今回、地域の人たちと一緒になってマップ作成などを行いましたが、貴重な勉強の機会になったと思います。小谷の方々に深く感謝したいですね。
 今回のマップでは、かつて有名だったバーキ(竹カゴ)作りを中心にして小谷を紹介していますが、それは、この地で盛んだった竹細工を取り上げることで、当時の暮らしや思い、さまざまな物語を思い出して欲しいと願ったからに他なりません。
 地域の生活の糧であった産業が衰退して久しいのですが、当時のことを家族や隣近所で語り合うことをきっかけにして人生をふり返り、まんざらでもなかったと思えれば幸せではないでしょうか。
 また、時代を共有した地域全体がホットコリとした気持ちに包まれれば、誰しも気持ちが上向くような気がします。
 暗い予感しか浮かばない昨今ですが、かつての輝きをなぞらえることが単なるノスタルジーではなく、自信や情熱を取り戻す起点になるのなら、地域マップもその一助として機能するような気がします。

(三嶋)

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「大山ターンムfanクラブ」の散策に参加しました

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 ひょんなきっかけで、「大山田芋(ターンム)fanクラブ」という、宜野湾市大山のターンムをこよなく愛する人たちと一緒に、現地を散策してきました。この場所はバードウォッチングに凝っていた10年ほど前、しばしば訪れた所ですが、周囲に建物が多くなったこともあって何となく足が遠のいていました。
 しかし、今回はfanクラブの仲村さんの呼びかけで、宜野湾市文化課の呉屋課長と生産者の伊佐さんという強力なガイド付きでしたので、楽しみながら学ぶ散策ができたと思います。
 お二人から聞く地元に伝えられている話や当事者ならではの体験談は、面白いだけでなく、地域への愛情があふれていて気持ちが和むものでした。当事者の話を現場で聞くことの醍醐味と重要性をあらためて感じますね。


 かつては海岸線だった場所。写真右側部分が1974(昭和49)年から埋め立てられた部分。両者の間は現在、コンクリートで三面が固められた溝(川)となっています。川沿いに続く護岸は、現在のような立派な道ではないものの戦前からあったようです。


 護岸に残る戦前の石積みと、戦後になって積まれたコンクリート・ブロックの境が分かる部分。


 ブルーのシートの向こう、木が生い茂っている付近にあるヒージャーガーから流れる水を利用して、階段状に開かれたターンムの畑(水田)。
 水のない溝(水路)が近くで確認できましたが、それは大雨の際、上部にある土を低い土地に運ぶための工夫だったとのこと。代々にわたって土を守り、土地(水田)を守ってきた人々の知恵と努力の跡ということです。
 何気なく見ていた畑ですが、上部から下流に流れる水を巧みに利用しながら、棚田として長年にわたって整備されてきたことに驚かされました。

 周辺の宅地化にともなって耕作地は年ごとに狭まっているようですが、畦道沿いの水路は清らかで、カニやメダカ(?)、昆虫や野鳥などもチラホラ。今でもまだこれだけの環境が残されているのは、ある意味「豊か」なのかも知れませんが、見渡せばすでに引き返せないラインを越えているのではないかと素人的には思えます。
 だからといって自然を残せ、農業を守れと無責任に言うこともできませんが、こういった問題を、これまでのように経済性優先の価値観で捉えていては、やがて究極の選択を迫られないとも限らないでしょう。
 そうならないためにも、生産者だけでなく、この地が置かれている状況を地域の問題として捉え、経済とは別のカテゴリーの中に新たな価値を見出すオルタナティブな実践が必要ではないかと考えます(言うのは簡単ですけどね)。

 fanクラブの仲村さんから当日いただいた地図に、情報を付け加えた改良地図を作りましたので、参考にしていただければ幸いです。
※地図は厳密なものではありません(修正点をご指摘いただければ助かります)


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(三嶋)

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