名護の「やんばる山学校」
2013年9月19日 Category: Myある記 Comment : 0
中城の旗立て岩を見た日の夜、名護博物館友の会を中心に行っている「やんばる山学校」プロジェクトの、伊平屋島調査報告に出席。
ボクも実行委員会メンバーの一人だし、これまで何もしていないので伊平屋に同行したかったのでが、諸々の事業で行けず残念でした。「田名池再生プロジェクト」で数年前に訪ねていたことや、沖縄戦との関わりなどを調べていたこともあって、伊平屋はボクにとっても気になる存在でした。これを機に、またイロイロ勉強したいと感じた次第です。

熱心かつ気の置けない会話が飛びかった報告会(名護博物館ギャラリー)。


伊平屋村野甫島の飯井敏雄氏宅(現在は空家?)にあった慰霊碑の一部。旧日本海軍パイロットだった同氏は、昭和20年5月17日、伊平屋北方で撃墜・墜落したあと島民に救助され九死に一生を得る。戦後、その恩に報いるため同地に移住し、かつての仲間の供養も行っていた。写真は2011年撮影。
(三嶋)
旗立岩
2013年9月19日 Category: Myある記 Comment : 0
中城村の「旗立岩」に行きました。以前(十年以上前だったと思う)来た時は、樹木に覆われて、どれが岩やらよく分からなかったものが、あら、ペリー関連の本にある挿し絵と同じで、不思議な感動を覚えます。
それにしても、あそこに登って旗を立てるのは、結構たいへんだったはず。

1853年、ペリー提督一行の琉球・日本遠征に同行したハイネが描いた旗立岩
『写真が語る護佐丸の居城』(平成16年・中城村教育委員会発行)

写真ではよく分かりませんが、左側はガケになっています。近づくと、垂直に立つ大岩がすぐにでも崖下に転げ落ちそうで結構スリリング。地震が来たら・・・・見られるのは今のうちだけかもよ(笑)
(三嶋)
「知念ある記」が始まりました
2013年9月8日 Category: 沖縄ある記 Comment : 0
南城市における地域マップ作りを、字小谷に続いて字知念でも始めています。
合併する前は旧知念村知念なので、字は南城市知念知念となります。何だかン?と思いますが、字佐敷や字玉城もそれぞれ佐敷佐敷、玉城玉城となっています。地名にはそれぞれの土地に固有の歴史があり、人々の思いが込められていますから、行政の都合だけで簡単に変えるのには違和感を覚えます(そういえば、日本地名研究所所長で、地名にはひときわこだわっていた民俗学者・谷川健一氏も亡くなりましたね)。
さて、字知念ですが、広すぎてまだつかみ切れないというのが正直なところ。地元の方にイロイロ教えてもらいながら、進めていこうと考えています。

公民館(コミュニティーセンター)で地域の人たちにあいさつ。

玉城の「受水・走水(ウキンジュ・ハインジュ)」と並び、稲作発祥の伝説があるウファカル。知念城跡から続く森を抜け、視界が開ける湿地帯にありますが、ここが水田だった!という場所はよく分かりませんでした。う〜ん、無くなったのでしょうか? 残念!
(三嶋)
【ご案内】文献資料にみる 琉球・沖縄 いん読谷
2013年9月5日 Category: 案内 Comment : 0
平成25年度琉球大学附属図書館貴重書展
文献資料にみる 琉球・沖縄 いん読谷
入場無料
日時:2013年9月4日(水)〜15日(日)
会場:読谷村立歴史民俗資料館
TEL 098-958-3141

