しまたてぃPlus更新情報
2014年3月6日 Category: 沖縄ある記 Comment : 0
しまたてぃPlusの連載「沖縄の戦後を歩く」に【石川銀座・栄・南栄通り】【安謝トンネル通り】を追加しました。
下記のリンクからご覧下さい。

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名護博物館が開館30周年を迎えました
2014年3月3日 Category: Myある記 Comment : 0
名護博物館は1984(昭和59)年、それまで名護市庁舎だった建物を利用し、リニューアルして開館しました。
博物館の理念は、「ぶりでぃ(群手=みんなの手)」という言葉で表しているように、市民参加を基本としたものであり、地域の自然と暮らしに密着した活動を重視したものでした。
それは、地方であることを逆手にとり、地域の固有性をもって中央に対峙するといった、1973(昭和48)年の「名護市総合計画・基本構想」、いわゆる「逆格差論」の流れに沿ったものだったと理解されます。市立博物館でありながら、「市立」の文字が入っていないのも、市民を中心に据えるというこだわり故でしょう。
みんなで備品を作ったり、ペンキを塗ったりすることから形作られた博物館は、学校帰りの小学生や市民が気軽に立ち寄り、宿題をしたり打ち合わせやおしゃべりを楽しむ場所として今も親しまれていますが、その光景を見るにつけ、これこそ故・伊藤寿朗氏がとなえた、市民参加型を基本とする「第三世代の博物館」なのではないかとさえ思うのです。

記念式典。今にいたる博物館の骨格を形作った初代館長・島袋正敏さんも、功労者の一人として表彰されました。

これまでの歩みをふり返る展示会。
手づくり感がいっぱいの名護博物館ですが、建物の老朽化と狭隘なスペースの解消策として、新館建設も急がれるところ。
その際には、建物は新しくなっても、市民や関係者と築き上げてきた歴史やネットワークを基本に、地域に開かれたアクティブな博物館であり続けて欲しいものです。
(三嶋)
前川途中報告
2014年2月28日 Category: 沖縄ある記 Comment : 0
現在、旧玉城村前川(メーガー)の地域マップ作りを進めています。
区長さんや地元の方々と、散策や聞き取りなどを行ってきましたが、位置の確認(道が碁盤目状なのでこんがらがるのです)のために、追加取材が必要でした。
完全ではないのですが、今回はその一部だけ報告します。

前川に残る戦跡、民間防空壕跡のひとつ。
民間防空壕は、沖縄戦を前に地域の家々・門中単位で掘られたもの。
雄樋川(マーヒーガー)沿いに、団地のように並んでいますが、同様のものをこれまで見たことがなかったので驚きました。メーガーヒージャー(前川樋川)と呼ぶ地域の産川も近くにあり、足場も整備されていますので、平和学習などには絶好の場所かと思います。
写真の場所は、足下が整備されていない南側で、火炎放射器の焦げ跡(?)や、茶碗のカケラなども生々しく残っていて、一人で行くにはちょっと勇気が必要ですね。

民家の壁に描かれたかつての風景。
クムイ(溜池)のそばには5本のマツの大木があり、その幹に幕を張って村芝居を行ったようです。マツ3本は40年ほど前まで残っていたとも聞きましたが、クムイも埋められた現在、描かれた風景は道路の位置以外、まったく過去のものとなっています。
村芝居の場所だったことから、この一帯はバンク(舞台)と呼ばれていたそうですが、沖縄各地で使われているこの「バンク」あるいは「バンコ」という言葉は、「銀行」の語源と同じ「腰かけ」や「カウンター」ではないか、とさる先生から聞いたことがあります。偶然、英語とウチナー口が同じになったのか、共通する何かがあったのか面白いですね。

道路際ギリギリに立つアガリ(東)のシーサー。
道路建設にあわせて移動させられたようで、何とも窮屈な感じのシーサー。近寄ると、沖縄戦の弾痕が体に残り、顔はほとんど欠けたひどい状態。村に入る災厄を、文字通り体を張って払いのけたのか、満身創痍のシーサーは痛々しい姿です。
(三嶋)
今月のFMレキオ「沖縄ある記アワー」報告
2014年2月25日 Category: 沖縄ある記 Comment : 0
毎月の第3金曜日、午後3時から4時までは、FMレキオ(那覇新都心)が放送する「沖縄ある記アワー」の時間。
これまで会長の國吉さんに誘われて一緒に番組を進めてきましたが、あまりにも気を抜きすぎていたかと反省し(遅いけど)、今回から國吉さんを差し置いて、ボクが仕切るような形にしました(独断で)。
ということで今回の企画を考えていたら、先日、大山田芋ファンクラブとコラボしたことを思いだし、同会の仲村さん夫妻をゲストにユンタクすることにしました。
結果はまあ・・・(笑)。いつものようにタドタドしく、お聞き苦しかったと思いますが、ご容赦ください。
しかし、とにかく、あちこちで頑張っている人たちがいるので、少しでもその活動を知らせ、情報交換のきっかけになれば嬉しいと感じています。
また、こちらも大いに刺激を受けますし、頑張らなくちゃと気合いが入ります。
さて、次回は何を喋ろうかな?

左から仲村さん夫妻・筆者・國吉さん
(三嶋)
FMレキオ
伊平屋で山学校
2014年2月20日 Category: Myある記 Comment : 0
名護博物館や友の会と、今年度進めている「やんばる山学校」プロジェクトで、伊平屋島に行ってきました。
伊平屋行きの船は、この季節、結構ゆれるので気持ちはブルーでしたが、下船後に昼食をとると元気回復。目的地の我喜屋公民館を拠点に、写真展やワークショップの実施となりました。

我喜屋に残る現役のコンクリート製水路。やんばる各地で造られたようですが、1960年代にほとんどが使われなくなっているだけに、たいへん貴重だと思います。この日もきれいな水が流れていました。

田植えの準備が進む、水田近くの高台にある土帝君(トゥーテークー)。人形が残っている所は、たいへん珍しいのではないでしょうか。

伊平屋小学校の3,4年生合同のワークショップ。名護博物館友の会の玉城一男会長と、我喜屋区長が集落の拝所や家屋、行事などを解説しました。
平たいサンゴを積み上げた屋敷囲いと、赤瓦・セメント瓦屋根の民家が続く我喜屋の風景に、来訪者は誰しも驚嘆・感動の声を上げますが、地域の子供たちにもその素晴らしさや先人の歩みを伝えたいもの。地域や家族に誇りを持つことが、豊かさを身近に感じる出発点ではないでしょうか。
(三嶋)
