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特定非営利活動法人
沖縄ある記
(地域文化支援ネットワーク)

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那覇市首里末吉町2-141-60

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座喜味の「Map Card」

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 座喜味(読谷村)の地域歩きをまとめた、オリジナル「Map Cad」が完成しました。嘉数(宜野湾市)の調査記録を整理しながら、アレコレ試していたのですが、下地が形にしてくれたものです。
 実物は、1ヶ所に1枚の写真と地図が表示されるカードを、一つに束ねたもので、誰でもパラパラとめくれる所がミソ。デジタル処理した情報を、アナログに還して見せる手法とツールが、地域には必要だと感じたからです。カルタのように広げたカードをみんなで囲み、楽しくユンタクすれば、いろんな思い出やエピソードが蘇るんではないでしょうか。アナログ環境に置かれている情報を、デジタルに変換して集積することが重要だと思うのです。(三嶋)

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屋富祖大通り

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 屋富祖(浦添市)の人たちが写真集を発刊したという新聞記事を見て、自治会に行ってきました。手に入れた本はたいへん立派なもので、見ごたえ十分。多くの方に喜ばれたという話もうなずけます。
 自治会長の宮城さんと、通り会会長の松田さんにお話をうかがったあと、屋富祖大通り周辺を案内してもらいました。
 字屋富祖は、キャンプ・キンザーに昔からの土地を奪われたものの、基地の門前町として、大通りを中心に戦後を生き抜いてきた所です。ベトナム戦争当時は、他の基地の町と同じようにたいへんな景気だったようです。一時は映画館が5軒もあったというお話ですが、現在のヒッソリ感から想像することは難しいですね。
 これからしばらく屋富祖について調べますので、何か情報があればお知らせください。(三嶋)

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「しまたてぃ」1月号

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「しまたてぃ」1月号(No.60)ができました。「沖縄の戦後を歩く」シリーズの第3回目で、嘉手納大通りを取り上げました。
 地元の宮平さん、奥島さん、西平さんのお話を聞き、一緒に歩いたのが昨年の10月~11月だったので、ようやく形になりホッとしました。
 現在の嘉手納は、通過点のようなイメージを持たれているかもしれませんが、戦前は中部の中心都市でした。戦後、米軍との共存を強いられ、さまざまな基地被害に今も苦しんでいることはご存知でしょうが、戦前と戦後の姿を知れば知るほど、そのギャップに驚かされます。いろんなエピソードがまだまだ埋もれているはずですから、継続的に調べていきたいと思います。(三嶋)

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読谷村でヤンバル

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 ヤンバルの豊かな自然にふれてホッとしない人はいないでしょう。しかし、那覇から行くには少し遠いし、車が多くてウンザリということも多々あります。
 そこで朗報! ヤンバルに行く半分の距離で、自然を満喫できる場所が読谷にあることをご存知でした? 
 秘密(でもないか)の場所は、読谷村座喜味城跡そばの自然公園。座喜味川沿いの遊歩道をしばらく歩くと、周囲はうっそうした樹木に囲まれてまるでヤンバルです。手入れされていない状態(失礼)がスリリングで、かえってよかったりして。子供連れでも気軽に自然体験できる場所としてオススメですよ。(三嶋)

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おもろまち歩き

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 おもろまち自治会の方々に混ぜてもらい、新都心界隈の歴史的な場所を歩いてきました。
 現在の街並みから、かつての上之屋・天久・安謝近辺の姿を想像することはほとんど不可能ですが、それでも地元の体験者の話が聞けたり、那覇歴史博物館の学芸員・喜名さんのソフトな解説でいろいろ学べたので、オモシロ楽しく過ごすことができました。
 沖縄の戦後史そのものともいえるこの地の記憶を残し伝えることは、プチ東京化が進む一方の新都心にあって、今後ますます重要になるのではないでしょうか。(三嶋)

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