オスプレイ反対集会
2012年6月17日 Category: Myある記 Comment : 0

宜野湾市の海浜公園でおこなわれた「オスプレイ反対集会」に参加してきました。
クソ暑いピーカンの天気にもかかわらず、お年寄りや家族連れ、子供たちもふくめた5000人以上の人でスタンドが埋まったのは少し感動的。
そして、壇上のみなさんが怒りを込めて撤去を訴えると、スタンドもそれに応えて盛り上りました。
しかし、あえて気になる点を書くと、行政や団体のエライ人たちの話より、高校生(1年生)の女の子の話の方が、みんなには伝わったような気がしたこと。
本当に何かを伝えたいと思ったら、ストックされたワーディング(言い回し)では感情が削がれるというか、共感し辛くなるのではないでしょうか、きっと。
もちろん、話の中身が悪いと言っているのではありませんし、聞きなれた単語や紋切り型のワーディングがなされること事態、悲しい現実を物語っているわけですが(それだけ発言回数が多かったわけですから)。
写真は配られていたストラップ。
こんなやり方もありますね。
(三嶋)
世富慶橋
2012年6月16日 Category: Myある記 Comment : 0

先日開通した名護東道路のトンネルを、初めて通って来ました。
名護東道路は、現在、伊佐川・世富慶間ですが、将来は許田まで伸びるようです。
しかし、西と東にバイパスができたら、真ん中の名護の町はますます素通りされませんかね。
でも、そうなったら、車が入らない静かな町づくりを目指したらいいように思いますね(マジで)。
世富慶(「よふけ」と読みます)には、旧「世富慶橋」がまだ現役で頑張っています。
1953(昭和28)年建設で、国道58号側の北側欄干には、横文字の筆記体で刻まれた文字が今も残っています(写真には写っていませんが)。
「七曲がり」として知られた悪路が、現在の姿に変化していった経緯なども興味がそそられるので、今後の宿題としましょう。
(三嶋)
新しいビデオカメラ
2012年6月13日 Category: Myある記 Comment : 0

バグハウスで新しいビデオカメラを買いました。ちょっと自慢(えへっ)。
なかでも手ブレ補正がスグレもので、歩きながらの撮影でカクカク感がないのにビックリ。そして、この性能がわれわれでも買えるほどになったことに、またビックリ。う~ん時代はここまで来たんですね(われわれが取り残されていただけかも。はは)。
「マルチメディア時代(死語か)」の到来を予感して、バグハウスを20年前(そんなになるのね!)に立ち上げたころからすると、まさに隔世の感。パソコンで何でもつくれるし、情報発信できる時代が本当に実現しちゃいましたね。
デジタルがすべてヨシとはもちろん思いませんが、人の記憶や思い出といったものもふくめたアナログ環境にある情報を、デジタル世代に残し伝えることは、両者の間にいるわれわれの使命ではないでしょうか。そして、無尽蔵の地域情報を記録し、次代に引き継ぐための手段や利活用のノウハウを、早く構築したいですね。
機器の発達に追いつかない現状がまだまだ目の前にはありますが、そのなかでいかに黒子として踏ん張るかが試されているような気がします。
(三嶋)
『しまたてぃ』最新号が出ました
2012年6月12日 Category: 沖縄ある記 Comment : 0

『しまたてぃ』連載中の「戦後を歩く」で、今回は「屋富祖大通り」を取り上げました。屋富祖自治会が発刊した写真集から、戦後の日常がストレートに伝わってくるような気がしたからです。
屋富祖は戦前まで静かな農村でしたが、戦後出現した基地(キャンプキンザー)によって、あっという間に繁華街へと変貌した所です。そして、かつての「繁栄」が完全に過去のものとなった現在、基地の門前町だった他所の街と同じように、さまざまな負の遺産を抱えて苦しんでいるようにみえます。
しかし、沖繩の米軍基地移転が現実的な選択肢となりつつある今、身近な歴史や暮らしを学び、ライフスタイルや価値観を見直すことで地域が元気を取り戻すことは、十分可能ではないでしょうか。それは基地の町だけではなく、沖繩に住むわれわれみんなの課題だと思います。
(三嶋)
駅前通り
2012年6月11日 Category: Myある記 Comment : 0

1年ぶりに帰省してきました。
帰るたびに、高校時代まで過ごした田舎町が少しづつ変わっていくことに、複雑な気持ちにさせられます。
写真の駅前通りでは、年ごとに空き地が増えているようです。
しかし、『三丁目の夕陽』の幻想を抱きしめるのではなく、新たな生き方を模索するしかないだろうな、と言い聞かせてもいるんです。自分に。
今の不況や閉塞感は身にしみますが、何とかやり過ごすしかないだろうなと。
政治も経済も行政も当てにならず、みんなが右往左往する状況はこの先も変わらないでしょうが、でも何とか生き延びるしかない。
で、できればそれをギスギスしないで、みんなで楽しくやっていけないものかと考えるわけです。
「何をノンキな」といわれそうですが、リアルな選択の結果が、成長戦略ではなく「共存」だと思うんですよね。
(三嶋)
