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虫むしワールドユンタク会ビデオ

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虫むしワールドの報告で盛り上りました

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 今回のユンタク会は、琉大風樹館の美由紀さんによる、コンベンションセンターで開催された「虫むしワールド」の報告。
 バグハウスも、風樹館内のビオトープ紹介動画や、虫の鳴き声を再生させるコンテンツを製作して一役買いましたが、好評だったと聞きとりあえず安心しました。
 報告では、久米島博物館学芸員の宮良さんが行ったワークショップの様子が、たいへん参考になりました。なかでも口から糸をはく、オリジナルのカイコのぬいぐるみは秀逸。子供たちも引きつけられていましたね。
 クワの葉やカイコ、糸、それらが合わさって織物ができ上がる工程や、そこに関わる人の知恵や努力といったものが、総合的に理解できるプログラムだと感心しました。
 島の特産品(久米島紬)を通して、動植物の生態や自然と一体となった島の暮らしが見えるだけでなく、博物館活動が地域の実生活に寄り添うように実施されている点でも、先進的ではないかと思いました。

写真は美由紀さんのサプライズ。世界で一番大きなゴキブリ(外国産)だそうです。大人しいカブトムシのような感じでしたが、苦手な方はごめんなさい。
(三嶋)

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安謝ある記

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 『しまたてぃ』(66号)の取材を兼ね、那覇市安謝を歩いてきました。
 案内は、字誌編さん員の普久原さんにお願いしました。
 安謝は新都心と隣接するマチ、というイメージを持っていたのですが、道幅以外さほど戦前と変わらないという筋道を歩くと、あちこちの御願所が今も大切にされていたりして(龕屋が残っているのにはビックリ!)、ムラの面影が随所に垣間見える地域でした。
 奪われた土地に造られた目の前の米軍基地を尻目に、たくましく戦後を生き抜いた人々の証しは、今はもう時間とともに埋もれてしまったようですが、かつての商店街を歩くと、あまたの人々の話し声や笑い声が、行き交う車の狭間から立ち昇ってくるような気がしたのでした。


今も残る龕屋(ガンヤー=死者を乗せるガンをしまう場所)。入口はブロックでふさがれ、封印されたまま。


安謝小学校の東側に走る「学道(がくどう)」。かつては、南(写真手前)に進むと基地のフェンスに遮られた。


高層の安謝市営住宅手前、現在、墓地になっている中ほどを、かつて基地のフェンスが東西に伸びていた。

軍道1号線(国道58号)下のトンネルを抜けた、西側地区にあった安謝劇場の跡。
1号線のかさ上げ工事で東西に分断された安謝は、トンネルを挟んだ通りに繁華街が形成され、安謝港で働く人々相手の飲食店や、料亭・旅館などが軒を並べてにぎわった。
(三嶋)

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小谷ある記

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 旧佐敷町の字小谷(おこく)を、地元の方々と歩きました。
 小谷は、大里の丘陵地を背後に抱え、静かな中城湾が目の前に広がる美しい村です。
 海側の平地を田畑にした関係で、傾斜地に形成された集落は、集落内の道を石で覆ったり、随所に竹を植えて土砂の流出を防いだものと思われます。
 長い間守られてきたこれらのものは、先人の知恵と努力で受け継がれた「地域の宝」と言えるものでしょう。
 しかし、竹細工は1960年代に途絶え、石畳道は1ヶ所を残すのみになってしまいました。水量豊かだったという、上中下に連なる三つのカーからは、(日照りの影響もあるのか)今はもう水音が聞こえません。
 自然と一体となった暮らしと引き換えに、私たちが手に入れた「豊かな生活」は、私たちを本当に幸せにしたのか? とここでも考えさせられました。

(三嶋)

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【1 Minute Video】米須大綱曳

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