那覇新都心の町歩きが無事終了
2013年7月29日 Category: 沖縄ある記 Comment : 0
参加申し込み者が少なく、どうなることかと心配していた「新都心ある記」が、無事終了しました。
案ずるよりは産むが易し。何とかなるもんだ、とみなさまに感謝です(名護からは3人も参加がありました)。
予定では、新都心南側のシュガーローフと黄金森公園付近から、北側に移動して、古墓などを見て博物館・美術館に帰るつもりでしたが、「シュガーローフの会」代表の具志堅青鳥さんが解説を買って出られたので、シュガーローフと周辺の散策時間を急きょ変更して拡大することに。
おかげで、最近発見したという、日本軍のガマも確認することができ、当時の生々しい様子も追体験する事ができましたが、朝から照りつける強烈な日差しで、こちらも戦意喪失。
時間も気になったので予定のコースを半分で切り上げ、美術館の裏に移動。そこに設置してある彫刻の作者、ゴヤ・フリオさんとの歓談を最後にお開きとしました。
割愛した北側のポイントは、次回(いつかな?)にリベンジです!
ボクの話をはじめ、反省点は結構ありますが、とりあえず面白かったので、よしとしましょうよ。
なお、この歩きをネタに、今週のユンタク会(8月2日金曜日7時〜/バグハウス事務所)は、開催したいと思います。
歩きに参加した人もそうでない人も、もう一度ふり返りながらユンタクしたいと思いますので、気軽にお越しください。
また、いつものようにネットでも中継しますので、参加できない方はこちらでスーミーしてください。
http://www.ustream.tv/channel/okiaruki
※当日配布した資料が欲しい方は、お知らせください。
(三嶋)

旧日本軍の壕入口と思われる場所をさす、具志堅青鳥さん(シュガーローフの会代表)

壕の近くからしみ出す地下水。道路はかつての「マカン道」

自作の前で談笑するゴヤ・フリオ氏(右)
【ご案内】おきなわ虫むしワールド
2013年7月25日 Category: 案内 Comment : 0
8月3日(土)、4日(日)にコンベンションセンターで開催される「夏休みこども自由研究inコンベンションセンター」というイベントで、(風樹館が)虫系企画展をプロデュースします。
タイトル通り自然系展示がメインですが、今回は「虫と人とのかかわり」をテーマに久米島博物館の宮良みゆき学芸員による「養蚕と久米島紬」特別ワークショップを予定しています。
虫はいつでも風樹館で見られますし、その辺にもいっぱいいるので慌てて見に来る必要はありませんが…宮良さんのワークショップはまたとない機会なので、ご都合つく方はぜひご来場ください!
(島袋)
那覇新都心の変遷
2013年7月21日 Category: Myある記 Comment : 1
那覇新都心は、沖縄の戦後を象徴する場所だと思う。
沖縄戦による破壊と、米軍による収奪をへて返還された土地は、基地の跡地利用の成功例といわれるまでに経済復興を成し遂げ、日々増殖し続けているようである。
70年ほどの間に起こった、農地→戦災→米軍基地→都市という目まぐるしい変化は、土地や景観だけにとどまらず、居住する人々にも大きな変化を強いてきた。米軍基地の跡地に出現したキラビヤカナなこの街に、かつての住民の暮らしをしのばせる痕跡は消え失せている。
那覇新都心の誕生が大きな経済効果をもたらし、那覇市だけでなく沖縄県全域に大きなインパクトを与えた事を否定する人はいないだろう。しかし、この全国標準の金太郎飴的な新しい街に、違和感を覚えるという声は少なくない。
「ヤマト化」が完遂すると、その違和感も過去のものとなるのかもしれないが、土地に刻まれた歴史だけは消してはいけないことだろう。
モノや形が失われたのなら、なぜそうなったのかという物語を語り継ぐ事はできるはずだ。
古島団地(モノレール古島駅近く)から、ほぼ同じ位置で写した新都心方面の写真に、変遷を見ていただきたい。

1995(平成7)年5月。整備事業が動き始めて3年目、返還が決定してから10年後の風景

1999(平成11)年12月。前年に開校した県立那覇国際高校が中央に見える。新町名「おもろまち」が6月に決定している

2001(平成13)年1月。左右にのびる舗装道路が県道251号線(新都心中央線)。左に進むと、翌2002年に開店したサンエー那覇メインプレスにいたる

2003(平成15)年1月。ビル建設が急ピッチで進んでいるころ。2002年入居開始の県営天久高層住宅が、写真左側に位置する

2005(平成17)年4月。現在の街並みがほぼでき上がっている
(三嶋)
第3回ユンタク会(福島報告)
2013年7月20日 Category: ユンタク会 Comment : 0

6月に福島を旅してきた、國吉さんによる報告会。
予想通り、日程も写真も記憶があいまいで、よく分からない展開でした(笑)が、災害の深刻さと、地元の方々の温かいもてなしに感激した彼の心持ちは伝わりました。旅行の様子をまとめた冊子も作られているので、詳細が知りたい方はご連絡ください。
(三嶋)

