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特定非営利活動法人
沖縄ある記
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熊谷元一氏の写真

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『村の一年 写真で見る日本生活図引 別巻』という、素晴らしい本に出会いました。
長野県の小さな村に住む熊谷元一氏(故人)が、昭和31年6月21日から翌年の6月20日までの1年間、1軒の農家の日常をほぼ毎日撮影した写真記録に、解説を加えた本です。
1年間に撮影された膨大な数の写真は、被写体となった農家の主人が書く「農業記録」に貼付され、1冊のノートとして保存されました。左ページに農業記録、右ページに関連写真が貼られたノートは、見開きが1日の記録になり、1年間の作業や家族の状況がひと目で分かるものでした。

その「農業記録」を踏まえ、撮影から36年を経て平成5年に出版されたこの本には、消えた暮らしを正確に残そうと務める解説とともに、厳しい自然のなかで、力を合わせて生きる家族の姿が納められています。
そして、誰もが力いっぱいに生きる農家の日常が、(体験していないにも関わらず)懐かしく、愛おしさととともに胸に迫ってきます。
しかし、撮影された昭和31~32年は、日本が経済成長し始めた時期。
このころから手作業は機械に変わりはじめ、より早く、より便利な道具や制度が、今に至るまで生み出され続けてきたといえるでしょう。
その変容の是非は問えないかもしれませんが、当時の人々の生き生きとした仕草に、魅了されながらも喪失感を抱くのは、きっと私だけではないと思うのです。
(三嶋)

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具志堅・備瀬・伊野波のシヌグ

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今帰仁村の具志堅、本部町の備瀬・伊野波でシヌグを見てきました。
あとで調べてみると、シヌグとは、旧暦6月の稲の収穫祭(ウマチー)から約1ヶ月後、新年の豊作を祈願して本島北部や周辺離島でおこなわれる祭りとあります。「凌ぐ(しのぐ)」に由来し、台風や災難を祓い凌ぐための祭り、という解釈もあるようです。
集落のアサギや旧家の広場などで、女性たちがゆっくりとした所作で輪になり、太鼓に合わせてウシデークを踊る姿は、厳かで美しいと思いました(ほとんどが大先輩の年齢ですが)。
白く長い布を、はち巻きのように前結びで巻いた女性が既婚で、後ろに長くたらした女性が未婚とのことでした。
しかし、沖縄の女性は元気ですねえ。
(三嶋)

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オスプレイ反対県民集会

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コンベンション・センターの広場で開催された、オスプレイ反対県民集会に行ってきました。
暑かったし、熱かった! 
バグハウス事務所から、歩いて往復つーのも結構しんどかったのですが、これまで気付かなかった発見もあって結構楽しめました。

宇地泊の交差点に続く道沿いで、「龍宮神」の祠があることに気付いたのもそのひとつ。
かつてはこの付近が海岸線で、現在は公園になっている近くの高台では、捕獲したヒートゥ(イルカ)の肉を切り分けていたようです。
また、集落の北側には、ターンム(田イモ)畑が広がっていましたが、今ではすっかり姿を消し、思い出すのも困難なほど。
宇地泊のこの変化は急激でしたが、身の回りにある風景は、徐々にではあっても確実に変化し続けます。
その善し悪しを軽々には判断できませんが、身近な風景を記録するぐらいは、後々の世代のためにもやっておく必要があるのではないでしょうか。
(三嶋)

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塩屋・奥を歩きました

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久しぶりとなった第2土曜日の定例活動。名護の宮城一夫さんの案内で塩屋を歩き、辺土名で昼食後、奥の村を前区長の島田さんの案内で歩きました。
地元の方との同行は今さらながら面白く、「ここだけの話」もあるので油断がなりません。ピーカンの天気にかなり疲れましたが、タダで楽んで申し訳ないほど充実した1日でした。

もうひとつ気になっていたのは、座津武(ざつん)橋。1936(昭和11)年5月に架けられたコンクリート橋を、みんなで見ようと思っていたのです。
ところが! 
現在、国頭の国道58号線は護岸を強化するのか、どこも道路工事中。立ち入り禁止でもあり、車を止めることもかなわず、まだ架かっていることを車上から確認しただけでした。
でも、すぐ北側には新しい座津武トンネルも建設されていたので、たぶんこの橋も新しく掛け替えられるのではないでしょうか。
(ということは、この姿が見られるのは今だけか?)
海風にさらされながら、完成後70年以上が経過したこの橋を惜しむのは、ボクだけでしょうか(嗚呼)
(三嶋)

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フリオさんの彫刻

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「新都心かわら板」9月号で、那覇国際高校にあるゴヤ・フリオさんの彫刻を紹介しました。
周辺がまだ原野だった1998(平成10)年に開校した同校の、校門右にある鉄のオブジェです。
以下、「新都心かわら板」の「新都心を歩く-7」から。

「~この高校にある現代彫刻に気がついた方は、さほど多くないでしょう(学生や保護者以外は入れない感じですしね)。ゴヤ・フリオ氏の「道化の箱船」という、金属作品で、開校した年に制作されたものです。
フリオ氏は1953年アルゼンチンのブエノスアイレス生まれ。両親が西原町出身の移民二世です。1985年来沖して以来、多くの作品を制作し、数多くの受賞歴をもつ作家です。県立博物館・美術館の中庭にある、赤と青の大きな作品も氏の手によるものです。沖縄人の陽気な気質に、アルゼンチンで培われた大らかな感性が融合して、ダイナミックかつ柔らかな(鉄を使っても)作品が生み出されているように思われます。」
(三嶋)

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