喜舎場から見た普天間飛行場
2012年11月18日 Category: Myある記 Comment : 0

北中城村喜舎場にある、ホテルコスタビスタ沖縄付近から見た風景。
手前にキャンプズケランの家族住宅地、遠くに普天間飛行場が望めます。天気がイイ日ならきれいに俯瞰できるので、こっち側からの画も、マスコミには使って欲しいところ。
ちなみに、以前あった旧ヒルトンホテルは本土復帰後の1973(昭和48)年2月開業。その3,4年後の一時期、ここでアルバイトをしていたことがありました。
(三嶋)
水明橋
2012年11月15日 Category: Myある記 Comment : 0

名護市安和の水明橋(すいめいばし)に行ってきました。
1933(昭和8)年7月に完成した初代の橋は、沖縄有数の美しいアーチ式のコンクリート橋だったようです。
本部と屋部(現名護市)を結ぶ道は、海に突き出すガケに邪魔され、山越えの細く険しいルートしかなかったため、難工事の末に完成したこの橋で、本部半島が周できるようになった意義は大きかったと思われます。
写真の橋は1962(昭和37)年12月に完成したもの。
近隣町村を結び、その発展に欠かせない存在でしたが、やがて海岸沿いに新しい道路が建設されるとその役目を終え、今は埃にまみれて忘れ去られようとしています。
(三嶋)
大城勝の絵画作品
2012年11月11日 Category: Myある記 Comment : 0

学生時代からの友人である、大城勝君が亡くなりました。
ほとんど作品を発表してこなかった彼の遺言で、告別式の会場に絵画作品を並べました。1周忌の来年11月に、遺作展を計画しています。
(三嶋)
読谷村喜納の調査
2012年11月6日 Category: 沖縄ある記 Comment : 0

昨年の座喜味に続いて、今年も読谷村の地域マップ作りが本格化しています。
今年は字喜納が舞台。
現地調査、聞き取りを中心に進行中で、昨年と同じように、美由紀さん渾身の手描きのマップが少しずつ形になっています。
当日は、地元の方々6,7名と、戦後に住民が移り住んだ地域を歩きました。もともとの部落は、前回歩いた国道58号の東側でしたので(戦後の強制収用で現在は黙認耕作地)、今回は、戦後編ということもできます。
しかし、歩けば歩くほど分からないことや、ディテールが気になりはじめるのはいつもと同じ。フィールドはどこも広いですね。
(三嶋)
糸満ロータリー周辺
2012年11月3日 Category: 沖縄ある記 Comment : 0

『しまたてぃ』の取材を兼ねたまち歩き報告。
糸満市役所の金城善さんの案内で、ロータリーや山巓毛、門中墓、新世界通り、中央市場などを散策しましたが、思っていた以上にディープな世界に引き込まれました(実際あまりの奥の深さに原稿が書けなくて、たいへんでした)。詳しくは『しまたてぃ』63号をお読みください。
写真は県道77号線から南に下った一角。
映画全盛時代の昭和30年代には、右側に見える現在駐車場になっている付近が映画館街で、4軒も軒を並べていたとのこと。
西海岸に埋め立て地が広がり、急速に景観や商圏が変化している豊見城・糸満の今後が、気になります。人気の無い市場周辺に、活気が戻る事を念じました。
(三嶋)
