先端的大学とマッチするコスモポリタン、ゴヤ・フリオ
2014年5月28日 Category: Myある記 Comment : 0
恩納村にある沖縄科学技術大学院大学(長い)に行ってきました。
名前からして、自分の人生と100%交わらないと思っていた場所ですが、ゴヤ・フリオ氏が彫刻展を開催中ということで、恐る恐る入ってみました。
したら、ここはどこ?っていう感じで、デージびっくり。
環境はリゾート・ホテル、施設はチョーモダン。歩いているのは外国人。ウチナーはどこ?って帰りたくなりました。
しかし、フリオ氏はさすが国際人。臆することなく、普段の調子でひょうひょうとしています。

入口から続くトンネル部分。ここを抜けると、大きな吹き抜けのホール(ダムの水を溜める所みたいです)があり、カッコいいエレベーターで、上に上る仕掛けです。

エレベーター・ホールに立つフリオさんと作品。

玄関外に置かれたフリオさんの作品。白い金属の、たしか「馬」だったはず(間違ってたらゴメン)。
ほとんどが金属で、鮮やかな色使いが多いフリオさんの作品は、この会場によくマッチしていると感じましたが、みなさんはどうでしょうか。県民にはあまり馴染みのない場所ですが、ネタと思って、この機会に行ってみてはいかがでしょうか?
ゴヤ・フリオ作品展は6月末日まで開催中です。
(三嶋)
小禄のボンヤリ感をさぐる
2014年5月21日 Category: 沖縄ある記 Comment : 0
『しまたてぃ』69号の取材目的で、小禄に行きました。
小禄の戦後は高良界隈を出発点とし、その北西部に開かれた宇栄原や「新部落」に、その後は街が形成されていったようです。
しかし、今までこの地とあまり接点がなかった者にとって(ボクだけど)、「小禄」と聞くと範囲がぼやけ、具体的な街の姿が浮かばないのは何故でしょう?
地元の方には怒られそうですが、この何となくよく分からないボンヤリ感は、ひょっとして、この地の出自や戦後史に根ざすものではないか、という推理をもとに今回の取材を進めようと考えています(外れたらどうしよう)。
時間がある方、いっしょに回りませんか? ご連絡ください。

戦後の香り漂う「新町」は、各地に今も残っていますが、ここ宇栄原の新町は今も元気。聞くところによると、自衛隊員でにぎわっているようです。夜の突撃取材もやろうかな(酒が飲めないけど)。

こんな所をバスが…。大嶺・国際通り・石嶺を結ぶようですが、あ〜、ルートが頭に描けない。
狭い路地に突然、蒸気機関車が現われる、つげ義春の『ねじ式』を思い出すと書くと(書いたけど)、若い人には分からないですね。

小禄は米軍那覇基地の門前町でもありました。通りから奥に入った高台などには、“外人住宅”がまだ数多く残っていますが、ほとんどは今風に改造されていて、言われないと分からないぐらい。
ボクらの事務所もそうなので、既視感が漂うエリアです。
(三嶋)
前川から安里へ駆けつけました
2014年5月16日 Category: 沖縄ある記 Comment : 0
昨年から続いている(ていうか中断していた)地域マップ作成が、ようやく再開できたので、前川(南城市玉城)で追加撮影。
3時からはFMレキオの放送なので、時間を気にしながらも、あちこち撮影&確認してきました。
原稿の作成段階で、細部がどうなっていたのか思い出せなかったり、きちんと見ていなかったりすることに気付くことも多く(今さらですが)、泣きながら(ウソですが)トボトボと集落を歩いて来ました。

完成したばかりのアパートから俯瞰した中道周辺の風景。
写真左上に、“お宮”と呼ばれる集落で一番の聖地があり、ここを頂点に集落は南向きの斜面に広がっています。スージ道で碁盤目状に区切られた集落の形は、沖縄の伝統的なありようです。
また、立派な石を積み上げた屋敷囲いが、数多く残っているのもこの集落の特徴ですね。大きく重い石をここまで運び(港川から?)、コツコツと加工し、積み上げた先人の労苦は察するに余りあります。
これを見ると、「昔の人は偉い!」と誰もが素朴に感じるはずですので、是非見に行って欲しいものです(なので、ここでは写真は出しません)。

こんなトボケた味のシーサーも、村の大事は守り神。どこにあるか、捜してみるのも楽しいのでは?

月に一度の「沖縄ある記アワー」は、午後3時から4時まで放送。新都心のFMレキオに、前川からあわてて駆けつけました。
今回はゲストに真栄里泰山氏(写真中央)を招き、以前案内していただいた那覇市安里について、國吉宏昭さんと三人でユンタク。
いつものようにあまりうまく喋れないので、いつものように自信をなくしましたが、終了後にユンタクするうちに、いつものように復活。へこたれたらいかんぜよ!
●FMレキオ「沖縄ある記アワー」

安里と那覇新都心とを結ぶ新しい道路から見た、大通り(又吉道路)との交差点(写真中央付近)。
モノレールの向こうには、1960年代ごろまで田んぼが広がっていたようですが、現在の姿からは想像もつきません。
北(写真手前)に向かって歩くと、県立博物館・美術館につながるこの通りを、真栄里泰山氏は「安里坂」と命名しています。旧市街と新都心が直結する数少ない道路ですが、機能性だけではなく、彫刻などを置いて博物館・美術館へのアプローチ道と位置づけたら、市民にもっと親しまれる通りになると真栄里氏は語っていました。
意義ナシです。
(三嶋)
母の日はウチナー芝居にかぎります
2014年5月11日 Category: Myある記 Comment : 0
先日のユンタク会に来ていただいた、赤嶺啓子さんが出演するウチナー芝居を、パレット市民劇場で観てきました。
在沖歴は結構長い小生ですが、ナマの舞台は初体験。
昼の部は大勢の「お母さんたち」で満員。立ち見も出る盛況で、イケ面の男優に熱い視線を送り、おしゃべりや掛け声をかけたり大忙し。泣いたり笑ったりで、大満足の2時間半だったように見えました。
こちらはウチナー口の台詞が分からずどうなるかと思いましたが、あでやかな衣装の踊りや歌、当意即妙の掛け合いといったプロの技に驚かされているうちに、何となく芝居に引き込まれ、結構ノレたような達成感を味わいました。
ドラマは、言葉や地域を凌駕するということでしょうか。
もっとも、一緒に観た玉那覇善秀さんに、言葉の意味やディテールをあとで教えてもらったので、分かったつもりになったのかもしれませんが。

「伊良波冴子 母の日公演」チラシ。
開幕は芸歴ウン十年の座長・伊良波冴子さんの歌で、イケメンや美人の踊り、軽い喜歌劇「貞女小(ていじょグヮー)」と続き、メインの時代人情歌劇「思案矼(しあんばし)」という流れ。盛りだくさんのメニューです。

パレット市民劇場に行く途中、沖映通りを横切りました。
通りの名前となり、1977年の閉館まで沖縄芝居の殿堂だった「沖映」は、写真中央右に見える「那覇タワー」の手前にありました。今となれば、一度は行ってみるべきだったと後悔しています。

沖映通りの下を流れるガーブ川の出口。かつてはダイナハの、そして今はジュンク堂の裏口。
川のようすは仕事でよく訪れていた20数年前と、さほど変わっていないようですね。
(三嶋)
