okiaruki

沖縄ある記

 

«Facebook
facebook.com/okiaruki

«Youtube
youtube.com/user/okiaruki

«Ustream ustream.tv/channel/okiaruki

 


特定非営利活動法人
沖縄ある記
(地域文化支援ネットワーク)

〒903-0801
那覇市首里末吉町2-141-60

■お問い合せ

info@okiaruki.com

名護市場のブリコラージュ

 Category: ユンタク会  Comment : 0


名護の公設市場の一角にオープンしたミニ・ギャラリー(?)が気になって、足をのばしました。
以前にも書いたと思いますが、開かれたアートを目指す美術家・宮城一夫氏が、一念発起してスタートしたもの。
野次馬連中の予想を覆し、毎日コツコツと頑張っているようなので、激励を兼ねたユンタクにお邪魔した次第。

何となく周囲に馴染んできましたね。
中身は相変らず雑然として、展示なのか何なのかよく分かりませんが、混沌とした空間全体が作品でもあるような……。

この日は掲示板の基礎にする木の枠を制作中。
集まった人たちが、ありものを使って作るのが、レヴィ=ストロース言うところの、いわゆるブリコラージュ。「野生の思考」がもともと鋭い沖縄の先輩爺さんたちが、嬉々として作業に取り組んでいました。

と、そういえば以前、県立博物館・美術館でおこなった展示会、「チュクイムジュクイ〜風土と建築展〜」が思い出されます。
考えたら沖縄の「チュクイムジュクイ」こそ、ブリコラージュそのものではないでしょうか。
廃虚からスタートした沖縄の戦後はすべてがブリコラージュで、ありあわせの物や道具を、知恵と工夫で使いこなしてきた結果が、今の暮らしを基礎付けているともいえるでしょう。

合理性や計画性より閃きや感覚を重視し、変更もよしとするゆとりこそ、私たちが失いつつある野生の感性だし、ウチナーンチュらしさが一番発揮できる領域ではないかと思うんです。
ただ残念なのは、復帰後の日本化のなかではそのような「野生の感性」が疎まれ、希薄になりつつあること。今こそ必要だと思うんですけどね。
<三嶋>

--------

 

田井等収容所跡をたずねて

 Category: Myある記  Comment : 0


名護博物館主催の巡見で、旧羽地村にあった田井等(たいら)収容所の跡をたずねました。
以前から気になっていたんですが、よく分からない場所だったので、ちょうどいい機会でした。
DSCF0535
ガイドは名護市史編さん室の大嶺さん。
近々発刊される予定の、名護市史「戦争編」の担当者だけに、強烈な陽射しにも負けない熱い語り口。熱中症にならないか、とこちらが心配するほどでした(無事でよかった)。

それにしても、現在の町のようすはのどかを絵に描いたようなもので、戦禍を逃れた人々でごった返していたという、当時の姿を想像するのはかなり難しい感じ。
平和でなによりですが、災禍に巻き込まれた市井の人々の歴史や辛苦まで、無かったことにしてしまってはいけないと感じます。
002b
沖縄戦が終結して間もない頃の、田井等地区と思われる写真(NPO法人琉米歴史研究会提供)。
資料によると、米軍は1945年4月中旬、現在の名護市田井等に軍政本部を設置し、本部町・名護町方面の避難民の収容を開始しています。
8月には田井等とその周辺地域に5万5千人を収容(沖縄で一番大きな収容地区)。
9月には田井等市となり、市会議員・市長選挙も行われましたが、10月末に避難民の帰村が開始されると人口が急減したため、同年11月には軍命で廃止。わずか3ヶ月弱で、田井等市は消滅しています。

今回の巡見をきっかけに、これからも機会があれば同地をたずね、継続して調べてみたいと思っています。
<三嶋>

--------

 

名護ある記

 Category: Myある記  Comment : 0


久しぶりに自主企画で“名護ある記”を実施しましたが、参加者数名。クソ暑い天気を呪いました(暑さのせいではなかったカモですが)。
DSCF0444
前回ネタにした名護博物館にある壁面。
みんなで描いた可愛い壁画が楽しめます。
DSCF0450
オリオンビール工場の近くにある、沖縄で初めてのセメント瓦の家。
名護はセメント瓦発祥の地で、1935(昭和10)年2月、岸本久幸という人が「南国耐風瓦」を作って、沖縄中に広まったとされます。
DSCF0457
かつては映画館もあってにぎわったという、市街地の一角。
数年前に歩いた時より更地が広がっています。むき出しの土が乾き、寂寥感が募ります。
DSCF0461
名護十字路から続く通り。市街地を抜ける大通りが日曜でもこんな感じ。
名護の象徴ヒンプンガジマルと、ジンガムイ(銭ケ森)が遠くに見えます。
imh049
1958(昭和33)年の写真。名護十字路から、前掲の写真とほぼ同じ角度で見た大通り。十字路から北(画面左)に行くと北部病院、南(画面右)に進むとすぐ海岸でした。
写真提供:NPO法人琉米歴史研究会

名護市街を歩いた後、午後から為又のコージン先生の畑を訪問したのですが、先生の話は、いずれまた(話が多くて語り切れません)。
今回の“ある記”は参加者が少なく、少々盛り上がりに欠けましたが、懲りずにまたまた企画しますので、ご協力のほどよろしくお願いします(ヤーグマイしてないで、さあ歩きましょう、語りましょう)。
<三嶋>

--------

 

博物館と市民参画

 Category: Myある記  Comment : 0


前回は明治村に行った話を書きましたが、あんな広大な土地で、本物の展示品を並べるような展示は、沖縄では考えられないですね。

それにも増して、地方の博物館では、財政難のなか四苦八苦しているのが現状でしょう(よくは知らないけど)。費用対効果を求める議会や商工関係者などに対して、肩身が狭い思いをしているんではないでしょうか(よく知らないけど)。
それでも逆境を跳ね返し、メゲずに頑張って欲しいんですが、一方では観客・市民側の意識変革が必要なことも確かでしょう。
ただ、口を開けて(開けなくてもいいけど)、与えられるのを待つだけではなく、自分から面白いものを求めて動くことが、面白かったりするんですよね。

積極的に博物館に関わろうとするそんな市民と、そのボランティア精神と力を借してもらおうとする博物館とが手を結べば、当然“コスパ”も向上するはずです。
リタイアして金と時間に余裕のある年寄りや、貧乏に耐えながら理想に燃える若者もいるはずだから(たぶんだけど)、彼らが活躍する場や機会が増えれば、個人のスキルもアップするし、他世代の交流も活発になるのではないでしょうか。
「そんなことはやっとるわい!」との声もあるでしょうが、ほんとうにそうなら、ここまでひどい状況にはならなかったのではないでしょうか? 教育や文化芸術を誰もが等しく享受できなかったのが、残念ながら沖縄の現状だったように思います。
だからこそ、行政に頼らないで、自分たちの文化は自分たちで守り育てるという、当たり前の話をしているつもりなのです。

その点で、十分ではないまでも、ひとつの例になると思うのが、名護博物館と友の会の関係です。
市民参画への理解が博物館側にあり、館側の要望に応えようとする情熱が友の会側にあって、両者が連携する好循環が、立ち上げ前から30年以上続いているのです。
ほどよい大きさの環境と出会いの場所があり、誰もが自由に足を運べる雰囲気や、「何か」があるかもしれないと期待させる博物館の姿は、ひとつの理想のような気がするんですね。
※年寄りにはアジールとしての癒し効果もあるし
DSCF5416
中庭に向かって開放されたスペースは、誰でも利用フリー。
この開放感が名護博物館の一番の魅力。

DSCF2609
2014年2月に開催された名護博物館30周年記念式典。

DSCF2631
式典の後は博物館中庭でいつもの懇親会。
仲間が作る手料理で宴会が出来る博物館は、ここぐらいではないでしょうか。そういう意味でも貴重な博物館なのです。
またご馳走になりましょうねえ〜。
<三嶋>

--------

 

名護に生まれたミニ・ギャラリー

 Category: Myある記  Comment : 0


名護の美術家・宮城一夫さんが、市営市場の一角に、ミニ・ギャラリーを開いたというので、見に行ってきました。
ここはギャラリーでもあり、一夫先生が日ごろから話していた、さまざまな人が出会い、言葉を交わす地域の交流拠点でもあります。市民と同じ目線で美術と向き合うために、仲間と作った実践の場といえます。
積年の思いを形にしたのでしょうが、 “終活”の一貫(?)としてマイ・フィールドを手に入れたというのは、喜ばしいことですね。人が集まり、会話が生まれることで、当事者だけでなく周辺も明るくなります。

DSCF0243
1坪ほどしかないミニ・ギャラリー「スケッチ」。
DSCF0244
近所の子供たちやおじさんたちの作品(?)が、ぎっしりと詰まった空間。ここには観念に縛られた「アーティスト」の能書きや、屁理屈はないようです。
今は単にユンタクを楽しんでいるだけですが、笑顔を絶やさない一夫先生の胸には、熱い思いがフツフツとたぎっているはず。

DSCF0249
オーナーの宮城一夫先生(左)と、その右腕の玉城一男さん(右)。
名護市営市場の一角で起動したこのムーブメントに、那覇から声援を送りたいと思います。
が、何でも続けるのはたいへんですよね。
飽きっぽい一夫先生の踏ん張りに期待しますが、同じ歩調でボクも、この場所を支えたいとかなり真剣に思うんです。
<三嶋>

--------