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特定非営利活動法人
沖縄ある記
(地域文化支援ネットワーク)

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■お問い合せ

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大城勝君の作品調査

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 昨年亡くなった大城勝君の遺作展を、1周忌にあたる11月に開催しよう、と仲間で考えています。
 そのため、作品が置いてある大宜味の実家までみんなで行って、調査しました。
 天地・左右が分からない作品が多く、結構みんなで悩みました(笑)が、作品の質はどれも高いと感じました。
(三嶋)

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高倉の葺き替え2

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 名護博物館の高倉葺き替え続報。
 学芸員・職員・サポーター、一丸となって作業に取り組んでいます(あんまり変わってないか?)
 中南部と異なり、山が身近な沖縄島北部(やんばる)では、さまざまな形で自然の恵を暮らしに取り入れてきましたが、戦後、私たちの社会は、その多くを不必要なものとして忘れ去ろうとしています。
 失われつつある山の文化や、自然との共生の中で育まれたジンブン(暮らしの知恵)を、次代に伝えることも博物館の大きな役割のひとつでしょう。
 また、アイデンティティの自覚という視点からも、 “ワッターシマ”の暮らしや文化の保存や継承に、地域住民も積極的に関わることが求められています。
(三嶋)

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高倉の葺き替え

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 名護博物館にある高倉が化粧直しをしています。
 古くなった屋根を葺き替える大仕事で、材料のタケ(琉球竹)を集めたり、技術をもったお年寄りの助けを借りたり、博物館はこのところ大忙しのようです。
 外野からは応援しかできませんが、手仕事の伝承という意味からも、しっかりとデータを残したり、後継者を育成したりして欲しいところですね。
(三嶋)

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汀間の散策に行きました

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 名護博物館主催のワークショップに参加し、名護市の汀間(ティーマ・ていま)に行ってきました。
 汀間川にかかる嘉手苅橋の工事はまだ始まっていないようなので、対岸に渡り「1962年3月竣工」と刻まれているのを確認しました。カマボコ形の欄干のデザインが、何とも味があります。
 汀間の集落は山原船の寄港地で、明治・大正期にはマキや炭、木材の積み出しでにぎわいました。
 山原船は現在の三原の共同売店あたりまで川をさかのぼっていたようで、船の帆が引っかかるため、それまで橋は架けらなかったのでしょう。以前は渡し舟が使われていたそうです。
 橋からも見える対岸の御嶽には、新しい鳥居が建っていますが、壊れた以前の鳥居が近くに置かれていました。注目はその中が空洞になっている点。資材不足を補うために木材を芯にしていたため、中が腐ってコンクリートだけになったんですね。
 糸満市の金城善さんから聞いた話では、戦前の墓石や建築物には、竹や木材がよく使われたということでした。

 御嶽からそのまま川沿いを歩くと、右手に山が見えますが、そこに猪垣(いのがき)があるというので見せてもらいました。
 石を積み上げた大宜味や国頭の猪垣と異なり、盛り上げた土の上にテーブルサンゴを乗せた形です。放置されてかなり経つためか、崩れてしまい、それと分からないようなカ所もありました。
 築かれた場所や長さなども、今では正確にわからなくなっているようですが、一部を見るだけでも、自然の力に抗いながら暮らしてきた、人々の執念のようなものがヒシヒシと伝わってきました。
(三嶋)

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田港橋

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 田港(たみなと)橋は、東村平良と大宜味村塩屋を結ぶ国道331号にある橋で、塩屋湾に注ぐ大保川に架かっています。
 欄干に竣工「昭和49(1974)年3月25日」とあります。復帰2年目、ボクが大学に入学した年ですね。
 ゆったりと流れる川面や、周囲に広がる水田の風景を見ていると、まるで田植えが始まるころの本土の田舎のようです。
(三嶋)

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