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沖縄ある記

 

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特定非営利活動法人
沖縄ある記
(地域文化支援ネットワーク)

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那覇市首里末吉町2-141-60

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コレな〜に「いろいろな民具」

 Category: コレな〜に  Comment : 0


クバ笠(帽子)の形はベトナム農夫の帽子に似ている。クバンヌー(雨合羽)、うちわ(雨合羽)は、クバの木から作られる。バーキ(籠)は竹を編んで作る.毛虫のように見える虫かごはソテツの枝から、板を繋ぎ止める木口は先人達の知恵。
ふれあい体験室では、昔の生活を疑似体験出来る身近な道具がたくさんあります。あなたもタイムスリップしませんか?
場所:県立博物館・美術館 ふれあい体験室 案内人 渡部貴子(文化の杜学芸員)
(國吉)

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小谷の綱引き

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南城市佐敷の小谷(おこく)の綱引きに、夕方から行ってきました。
与那原大綱曳きと毎年カブルるので、見物人もいないし、小さい部落なので参加者も少ないということでしたが、意外に(失礼)楽しめ、充実していました。
たぶん、小さな部落の手づくり感がイイんですよね。人が少ないこともあって、部外者の自分たちもパーランクーを叩いたり、綱引きに参加できますし。伝統行事としての形はかなり変化していると思われますが、今を生きる人たちの祭りですし、地域が元気になればみんなハッピーでしょう。


カンジャシチ(神座敷)前で行われたガーエー。
東と西、二つの旗頭にはそれぞれ「楽能」、「豊作」の文字。西の旗頭の頭には、竹細工の村として知られた小谷らしく「バーキ(竹カゴ)」が飾られています。


モーアシビーに最適の、村を見下ろす小高い丘(タカンリ)の上で、西のガーエーが行われました。昨年整備されるまで、長い間、樹木に覆われたままだったため、59年ぶりのガーエーとなったようです。

旗頭を先頭に、東西に別れて道ジュネーしてきた人たちが、農村広場(昔の馬場)に集まり、二本勝負で綱を引きました。子供からお年よりまで集まって、笑ったり汗を流したり、楽しい時間を共に過ごしてお開きとなりました。
面白かった!
(三嶋)

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ミニ文庫

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宮古にある「ありんこ文庫」や、市立図書館などに立ち寄ってお世話になったせいか、このところ図書館に興味をもっていたところ、南城市知念山里の道端に「ミニ文庫」なるものを発見。

調べてみたら、知念村知念の個人が、「子どもたちと地域の人に本を読む環境をつくってあげたくて」、22年ほど前に2ヶ所作ったうちのひとつだと分かりました(『週間レキオ』2014年7月10日No.1526号)。
現在は、初期の目的を達成したとして休眠状態のようですが、地域のために個人で文庫を開設・運営している話は、あちこちで見聞きしていたとさらに調べてみました。
と、新聞などで見る限りでも、個人や地域で文庫(図書館)に関わる人が多くいる(いた)ことに驚きました。
その一部を以下に紹介しますが、名護町出身の崎山喜昌氏が、1965年、地元に寄贈した旧崎山図書館は別格(すごすぎる)としても、あちこちでいろんな活動がなされていますね。

 

1976年、石垣島で私設「みやとり文庫」開設
1976年、那覇市のビルの一室に私設「久茂地文庫」開設
1983年、名護市親川で私設子供図書館「めだか文庫」開設
1989年、竹富町西表島の大富集落に私設「ヤマネコ文庫」開設
1990年、与那原町で「まち角図書館」開設
1991年、宜野湾市野嵩で地域の「青空文庫」オープン
1994年、アジアの7カ国が参加して、国内初となる地域文庫国際会議が旧佐敷町で5日間に渡って開催
1997年、石垣島の「みやとり文庫」が県内初となる「子ども文庫功労賞」受賞
1999年、名護市屋我地島に私設「山原遊びと創造の森図書館」開設

そして、2013年には、女性と子どものための絵本文庫「ありんこ文庫」(池城かおり代表)が、宮古島市に開設。
これらの文庫は、個人や友人が一念発起したものと想像しますが、その勇気と頑張りには脱帽です。地域と子供たちを思う気持ちに、われわれ「沖縄ある記」もシンクロしていきたいと思いますし、少しでも協力できたらと思いますね。
(三嶋)

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思い出の十貫瀬

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20年以上前、那覇市の十貫瀬(じっくゎんじ)にあった事務所に、しばらく務めていました。
毎日がせわしなく、寝る間も惜しんで働きましたが、不思議とあまり疲れなかったのは、まだ若かったからでしょうね。
今はジュンク堂になったダイナハにもよく通い、この写真を撮った「みどり駐車場」も、よく利用していました。


「みどり駐車場」の屋上からながめた風景。
空地の向こう、左右に延びる通りがかつての長虹堤跡(分からない人は検索してね)。モノレールも走っています。右端ギリギリに見えるのは、那覇新都心のツインマンション(のひとつ)です。


こちらは2000年4月の同じ場所。
このころから周辺の建物が取り壊され始めたので、撮影したような記憶がありますが、14年たってもあまり変わらないような気がするし、変わったような気もするし・・・。
そういえば、写真を右にパンしたあたりには、『死者たちの切り札』(あまり売れなかったのは弊社の装丁のせい?)の著者、十貫瀬和雄氏が経営する「カンヅメハウス」が一時期ありましたね。猥雑で物悲しい十貫瀬を愛するオヤジたちが、夜な夜な集まる場所でしたが、周囲がみょうにキレイに形を変えつつある昨今、老兵たちはどこへ行ったんでしょうか。行く場所あるのかな?


ビルの裏に、お墓や雑草が生い茂る空地が残っているのを見ると、みょうにホッとするのは何故でしょう。
きらびやかな表の世界が虚飾であることを、実はみんな知っていますよね。生と死が隣り合う日常こそ、沖繩らしい風景だと思うんですが、たぶんそのうちテナントビルやマンションが建つんだろうな。
(三嶋)

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ユンタク会ビデオ那覇市小禄

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