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田井等収容所跡をたずねて

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名護博物館主催の巡見で、旧羽地村にあった田井等(たいら)収容所の跡をたずねました。
以前から気になっていたんですが、よく分からない場所だったので、ちょうどいい機会でした。
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ガイドは名護市史編さん室の大嶺さん。
近々発刊される予定の、名護市史「戦争編」の担当者だけに、強烈な陽射しにも負けない熱い語り口。熱中症にならないか、とこちらが心配するほどでした(無事でよかった)。

それにしても、現在の町のようすはのどかを絵に描いたようなもので、戦禍を逃れた人々でごった返していたという、当時の姿を想像するのはかなり難しい感じ。
平和でなによりですが、災禍に巻き込まれた市井の人々の歴史や辛苦まで、無かったことにしてしまってはいけないと感じます。
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沖縄戦が終結して間もない頃の、田井等地区と思われる写真(NPO法人琉米歴史研究会提供)。
資料によると、米軍は1945年4月中旬、現在の名護市田井等に軍政本部を設置し、本部町・名護町方面の避難民の収容を開始しています。
8月には田井等とその周辺地域に5万5千人を収容(沖縄で一番大きな収容地区)。
9月には田井等市となり、市会議員・市長選挙も行われましたが、10月末に避難民の帰村が開始されると人口が急減したため、同年11月には軍命で廃止。わずか3ヶ月弱で、田井等市は消滅しています。

今回の巡見をきっかけに、これからも機会があれば同地をたずね、継続して調べてみたいと思っています。
<三嶋>

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