屋富祖大通り
2012年5月28日 Category: 沖縄ある記 Comment : 0
『しまたてぃ』連載の「戦後を歩くシリーズ4・屋富祖大通り」を、よくやく入稿しました。
2月に調査したものなので、思ったより時間がかかりましたが、まずはホッとしたところ。
同地は、言わずもがなキャンプキンザーとともに生きてきた町ですが、コザや金武のような「基地の町」の面影はほとんど残されていません。
人影もまばらな現在の大通りからは、かつて浦添の中心地といわれたほどにぎわったという話も、現実感がないように思われます。
しかし、町や人々の記憶をきちんと記録し後世に残すことは、よりよい未来を招来するために、どの地域にも不可欠な作業ではないでしょうか。
基地の返還が現実味を帯びはじめたこの時期だからこそ、先達の証言に耳を傾け、歴史に学ぶことがいっそう大事になると思われます。
われわれも、この機会を起点にした交流を継続し、さまざまな記録を残したいと考えます。
(三嶋)