小禄の追加取材
2014年7月2日 Category: 沖縄ある記 Comment : 0
『しまたてぃ』の追加撮影で、宇栄原・高良に行ってきました。
強烈な西日を浴びて倒れそうでしたが、何とか必死で持ちこたえた、生還した次第(んなオーバーな)。

「強烈な西日」を演出してみました。が、実際たいへんな暑さではありました。
バス停の名称として残る「高良市場」は、大勢の人があふれたと今も語られる、小禄の戦後復活を印象づける場所だったようですが、現在その痕跡は、このバス停以外ほとんど見当たりません。

小禄新町からは、緑の芝生が鮮やかな自衛隊那覇基地が、建物越しに見えます(写真中央上)。
かつての米軍は自衛隊となり、この飲食街にも貢献しているようです。
あれほど反対運動があった隊員の受け入れも、戦後史の1ページとなったのでしょうか。時代が逆回転しているような昨今の浮世を見ていると、さもありなん。ため息が漏れます。

新町通りで一番にぎやかな三差路の角に、スペシャルボックスを発見。
宵の口、近所のオヤジ連中が集まっては、グダグダとビールでも飲んでいるんでしょうか(見てないけど)。
いいなあ〜。
(三嶋)
前川と堀川に行きました
2014年7月1日 Category: 沖縄ある記 Comment : 0
南城市玉城前川の地域マップが完成し、ようやく公民館に納品してきました。
地域を案内する際に、ぜひ使っていただきたいものです。

前川公民館に併設されているホールの舞台には、地元の画家・黒潮波男さんの手による、戦前の風景が描かれています。
集落の西側、現在三差路になっているあたりで、戦前はバンクと呼ばれた場所でした。クムイ(ため池)の前に生い茂る松の大木があり、そこが村芝居の舞台となったそうです。
マツの大木は戦後も3本ほどが残っていましたが、いつの間にかなくなり、クムイも埋められてしまったと聞きました。
区長さんによると、このホールがある公民館も、今年建て替えられるとか。
この絵は何とか残せるといいですけどね。
前川から、県道17号線を雄樋川(ユーヒガー)沿いに下ると、やがて長毛(ナガモー)に着きます。
その河口に、面白そうな橋を見つけて車を止めました。
こちら側が八重瀬町長毛で、対岸が南城市玉城堀川となりますが、戸惑ったのは、堀川側の欄干の柱に「ほりかわば志」とあり、もどって長毛側を見ると「堀川橋」と刻まれていること。
「う〜ん、“ほりかわば志”も味があるけど・・・どっちかにしてほしい」とうなりましたが、(意味はないけど)「堀川橋」を採用しましょう。
ちなみに竣工はどちらにも、「一九六三年四月」と刻まれています。
これはこれで「う〜ん、昭和38年。東京オリンピックの前年だ・・・」と、しばし感慨にふけったのでした。

「堀川橋」から見た河口部、港川方面。港川バイパスにかかる橋は「雄樋川大橋」。

長毛側から見た堀川橋。よく見ると、橋脚下の曲線や、欄干に施された意匠が優美。
比して、最近の橋は画一的で、味気ないデザインが多いなあ、と改めて思ったのでした。
(三嶋)
コレな〜に「琉装着衣体験」
2014年6月30日 Category: コレな〜に Comment : 0
紅型の踊り衣装を着て気持ちは踊り子、しらずに踊ってしまった。男装は首里城勤めのお役人、冠は位を示す被り物、親雲上(ぺーチン)になった。大人がも楽しめるのだ。
県立博物館・美術館では、触って、着て、匂いを嗅ぐ「ふれあい体験室」が中央エントランス博物館入口の側にあります。 このビデオは、ふれあい体験室学芸員 渡部貴子さん(文化の杜)の協力で作りました。撮影日2014年6月13日
(國吉)
新聞(のようなもの)を出します
2014年6月23日 Category: 沖縄ある記 Comment : 0
県内の博物館情報や、文化活動に取り組む組織・人物などを紹介する印刷物を、以前から作りたいと考えていましたが、とりあえず、「沖縄ある記」の活動報告を兼ねた、新聞(のようなもの)を製作して、様子を見てみることにしました。
当面は、このホームページや、FMレキオの番組ともリンクしながら、月に1度の発行を目指します。
創刊号は、前面に國吉さんのビデオレポート「コレな〜に」を紹介。ネットと紙媒体を連携・コントロールしながら、使いこなすワークショップの場にしたいと考えています。
資金や人材の不足は承知の上。
限られた条件の中で何をやるのか、何ができるのか・・・。大言壮語に終わるかもしれませんが、やってみないと分からないしね。
まずは、“みんなで汗をかきましょう”と言って回ることにします。

新聞『沖縄ある記』。A4版・1枚を新聞と呼んでいいかどうか分かりませんが、今後のページ増と継続を目標に頑張りますので、応援のほどよろしくお願いします。
(三嶋)
渡嘉敷の村は静かでした
2014年6月21日 Category: Myある記 Comment : 0
国定公園に指定されたばかりの慶良間諸島・渡嘉敷に行ってきました。
何の準備もしない日帰りツアーでしたが、レンタカーであちこち走ったり村を歩いたり、充実したホリデーとなりました。この島は、思えば、大学1年生の夏休みにキャンプし、あまりの海の透明度に感動したところ。
今から数えると40年前(え!)になりますが、観光客やダイバーが増えた以外、島の姿は当時とあまり変わっていないように感じました(港や道路・建物は立派になってます)。
でも、道で出会った95歳(!)になるというお婆さんが言うには、「島は若い人が減って寂しい」とか。観光関連の仕事は増えても、第一次・第二次産業はこの島も苦しい状況のようです。

港から続く通り沿いの壁に描かれたペンキ画。手づくり感があふれ、訪問者を温かく迎えます。

阿波連小学校の前の道には、子供たちの描いた魚の絵が並んでいます(消えかかっているのが残念)。
在校生は20名ほどのようです(津堅島の小学生ぐらいでしょうか)。
すぐそばは阿波連ビーチで、目の覚めるような青い海と白砂が広がっていますが、半裸の観光客が小学校周辺をかっ歩する環境が、いいのか悪いのか複雑な気分になります。

典型的な沖縄の集落といった風情の昼下がり。歩いている人がいないのは、40年前と変わりません。
だって暑いもんなあと考えていたら、道の向こうから一人で歩いてくるお婆さんと遭遇。
あいさつすると、何と95歳で、しかも散歩中とのこと(え!)
体に気をつけて長生きしてくださいと別れましたが、上品な笑顔と語り口が印象的で、こちらも優しい気分になれました。
(三嶋)
