久手堅の豊年祭
2017年1月30日 Category: 沖縄ある記, Myある記, スクガー事業 Comment : 0
字知念の公民館で、地域作品展を先日行いましたが、そこで公開した写真の1枚が、久手堅で撮影されたものではないかと数人から指摘がありました。
そこで、この日、字知念の前城さんと確かめた次第で、その結果、指摘された通り、写真は久手堅にある知念中学校の、グランド付近だろうということになりました。
撮影ポイントを探す前城さん。
背後の山の形や、土手の位置などが新旧同じだと思われます。
NPO法人琉米歴史研究会が所有するこの写真は、撮影時期(1950年代初頭)しか情報がなかったので、場所が分かっただけでも嬉しい限り。
豊年祭の一コマと思われますが、同時に撮影されたらしい別の写真も残されているので、今後はそこに写る人たちの何人かでも、どこの誰かが判明するといいんですけどね。
<三嶋>
「森のクラブ」の最終日
2017年1月28日 Category: 沖縄ある記, スクガー事業 Comment : 0
地域散策や地域作品展とともに、昨年10月から実施していた「森のクラブ」が、この日をもって修了。10回続いたことになります。
子どもたちは底川の森で遊んだあと、大きなたき火を囲んで、焼き芋やお鍋に舌鼓をうちました。
沖縄でも、火や土や水といった、ナマの自然を遠ざけた暮らしが当たり前になった現在、自分が山や川で遊んでいた時代がはるか昔のように感じますが、わずか50年ではないかとも思います。「こんな社会に誰がした」と誰かを呪いたくもなりますが、回りに敵をつくって自分を肯定(あるいは弁解)しても、何も変わらないと気付きます。
まずは足下の現実に向き合い、誠実に対処することからしか、事態は変わらないのでしょうね。
地域作品展in知念
2017年1月22日 Category: 沖縄ある記, スクガー事業 Comment : 0
昨年から続けているプロジェクトの一環として、「地域作品展in知念」を開催。
1月8日に実施した、集落散策&作品製作の発表会ですが、地域の人たちから集めたアルバム写真の方が人気。
なつかしい人や思い出に話が、やはり盛り上りますね。
最終日の22日午後には、プロジェクターで写真を投影しながら、みなさんでユンタクする交流会を開催しましたが、ナマの話はやはり面白いですね。
こんな時にしか知ることがないと思われる人たちと触れあい、その人生を垣間見せてもらうと、出会いの不思議を感じるとともに、人生の先輩に対する敬いの念がわき上がります。
それぞれの人生を懸命に生きる姿に教えられることも多く、どんな人も、生き続けているだけで尊いと、自然に頭が下る思いがしたのでした。
知念の戦後を訪ねる
2017年1月16日 Category: Myある記 Comment : 0
このところ知念にかかわる事が多いのですが、この日は前城さん、城間さんと、戦後撮影された場所を探して周辺をうろついて来ました。
現在、バス停「知念小学校前」がある辺りから見た、字吉富の風景。
山の上にあるニライカナイ橋の後方に見える山では、戦後、石灰岩の採石が行われています。左の丸い建物は水タンクで、その後に知念団地が見えます。
上記写真とほぼ同じ位置と思われる、戦後間もないころの写真(NPO法人琉米歴史研究会提供)。田んぼが多くを占め、カヤ葺き屋根の家屋が見受けられる。
知念山里から見た志喜屋方面。
ほぼ同じと思われる地点から1952(昭和28)年に撮影された写真。海岸まで美田が広がっていたのが分かりますね。
Vic Krantz撮影、NPO法人琉米歴史研究会所蔵。
遠くにアーヂ島(玉城仲村渠)が見えるが、その北東側には松が生い茂るアドゥチ島があって、米軍が実弾を使った上陸演習を行っていたとか。
前城さんの記憶では、その影響で島を覆っていたマツが枯れたそうです。
南部でも米軍の演習が行われていたのは知りませんでした。興味がそそられる話です。
<三嶋>
地域作品展を字知念で開催します
2017年1月10日 Category: 沖縄ある記, スクガー事業 Comment : 0
字知念で行った散策と製作された作品の発表、および地域の懐かしい写真展示を行います。
ご用とお急ぎでない方は、足をお運びください。
那覇からだと遠いなあ〜とお思いのあなた、ドライブがてら立ち寄ってもいいんじゃないですか?
たまにはのんびりと、終日、南部で過ごしてはいかがでしょうか。
小生のおすすめは最終日の22日(日)。
午後1時からは、プロジェクターを見ながらみんなでユンタクしますので、是非ご参加ください。
<三嶋>