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貝と沖縄

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リュウグウオキナエビスについて書いてから以後、貝と沖縄について少し調べてみました。

沖縄ははるか昔からさまざまな貝類を捕獲し、利用してきた所です。
古代には、北海道や朝鮮・中国にまで、夜光貝やゴホウラガイといった貝が運ばれています。
南の海でしか得ることが出来ない貝は今よりはるかに高い価値をもつものであり、その輝きは多くの人を魅了したに違いありません。

戦後初の民間輸出貿易品は、ボタンの原料となる貝殻でした(うるま新報1950.06.28)し、世界遺産に登録された岩手県の中尊寺金色堂でも、戦後の修復工事の際には沖縄の夜光貝が取り寄せられ、建立時と同じように螺鈿の原料として使われたようです(琉球新報1966.9.22)。

また、戦後の風景として、恩納村などの道路沿いでは、近海で採れた貝殻を米軍人に売る子どもたちの姿があったようですし、貝のコレクターや研究家も多かったようです。
※関連写真
REMEMBERING OKINAWA HISTORY

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写真は1951(昭和26)年12月、米国民政府副長官ビートラー少将への陳情に、宮古平良市長らが貝の標本を持参してキャンプ桑江を訪問した際のもの(沖縄タイムス1978.09.20夕刊「カメラ戦後史167」)。
写真手前の箱が「千年貝、万年貝など宮古特産の珍しい貝標本」でしょう。
贈られたビートラー少将は大喜びしたようですが、現在の感覚では、正直「え?」っていう感じですよね。
でも、貝が食料であり、商品であり、価値あるコレクションになり得た時代は、それだけ豊かな自然環境が身近にあった証でしょう。幸せな時代だったのかもしれません。
<三嶋>

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